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お世話になった皆様方へ

ホワイトピジョン 青木正三 平成26年8月27日永眠いたしました。
長い間皆様方にお世話になり有難うございました。

平成24年4月2日 胃ガンの手術をし、その後2年5か月と言う日々、毎日がよりいっそう大切に過ごせました。浜松医大にて手術をして頂き、その後1年間抗がん剤治療をし、大変前向きに過ごしてまいりましたが、浜松医大の先生とは言葉のちがいにて、病院通いをやめる結果となり、その後の1年間は治療も無し、検診も無し、にて過ごしました。
平成25年12月末 台湾のお世話になった方と、お別れがしたいと言って台湾まで会いに行って来ました。台湾の友達マ二-さん、皆さんからは顔色も良く元気そうで、次回も楽しみに台湾へ来てください待っています。と言って頂き本人喜んで帰宅しました。
平成26年4月頃から少し体調が思わしくないと言い、浜松医大には行かないで、近くに開院したばかりの山田医院にて検査して頂く事になりました。親切、丁寧、やさしい先生、本人とても気に入り信頼絶大でした。その先生の勧めでやはり大きい病院で検査山田先生、手紙を書き浜松医大に行くよう言われました。この時、本人、もうこれで人生最後、良しと諦めました。しかし山田先生はこんな事では忍びない、簡単には死ねません、との事。
7月30日浜松医大入院、1か月の入院生活、この1カ月も大切な良い思い出となりました。自宅から医大まで車で5分ぐらいです。朝、鳩を飛ばし、餌をやり、病院に行く生活、
8月24日朝、鳩軍団が医大の西側まで飛んで行き、本人鳩見る事が出来大喜びでした。感動して写真を撮り損ねて残念との話でした。病院の点滴、良い効果があったのか、頭が冴えて仕方がないといつも言っておりました。
8月26日午後先生がお話があるとの二人の前で言われて私だけが廊下に出て話を聞き、血圧が下がったままでは心配ですとの事、私はどうすれば良いでしょう、と先生に尋ねました。先生は、ただ黙っていただけでしたので、私もどうして良いか分からなく、主人の所に戻った時、何を言われたのかと聞かれ、先生また同じような調子であまり話をしてくれなかったと伝えた。 いつもそんな感じの先生でした。私もいつもと変わらず、また明日ね、と少し不安は有りましたが帰ってきました。翌日27日朝、 鳩を飛ばして家に入った所、病院から電話が有り早めに来て下さいとの看護師さん、 すぐ病院に飛んで行きました。病室が変わっていて酸素マスクをし眠っているよう、ビックリしましたがいつものように、大丈夫、復活、頑張ろう、声掛け、問いかけました。病院に着いて30分程で息を引き取りました。1時間前には自分の名前が言えたそうですが、残念な事に急変し静かな最後でした。心構えはしていたつもりですが、ショックはとてもとても大きかった。2年5か月貴重な大切な話し合いの出来た毎日でした。本人との約束にて秋のレ-ス参加しました。そして春のレ-スも12羽参加出来て大変良かったです。本人、鳩人生最後まで楽しめて、皆様にも応援して頂き、最後の最後まで鳩の話も出来、満足と思います。
長い間、本当に本当に有難うございました。 心より感謝申し上げます。

   ホワイトピジョン 青木正三 妻より



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持ち寄り当日の餌

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元気な時の訓練
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